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大相撲がつまらない [言葉とスポーツ]

以下のものは2004年に書いたものだ。
組織はあれからまったくかわっていない。
いや、そもそも変れないのではあるまいか。
それがニッポン。
よくもわるくもわれらが祖国。

  大相撲がつまらない -----------------------------------------------------

 曙が相撲をやめた。

 小錦といい、それはけっして偶然ではない。

 相撲が発展するには、いまよりもっと国際的に開放せざるをえない。
 にもかかわらず。
 母国語に英語をもつ小錦や曙に逃げられた協会側に、その不自由さに気づく人は果たしているのだろうか。
 いるにせよ少数の傍流でしかないのだろう。
 口にするのもはばかられる。
 辞めたいのなら勝手に辞めろ。
 そんなところだろう。

 かわいがる、という欺名のもとに堂々と行われているいじめ。
 その陰湿さは他の国にはみられない日本独特のものである。

 年寄株。
 なぜあのような不確実が高価で売買されるのだろう。
 それすらも疑わない。
 それがいままで行われてきたという事実のみにあぐらをかいているにすぎない。
 そこにあるものは既得権の死守でしかなく、老弊である。

 20歳代で引退。
 なんたる老け込み具合であるか。
 そんな年寄じみた溌剌のない社会が魅力をもつとは到底考えられない。
 すたれることはもはや自明の理となった。

 30、40歳で現役。
 そういう力士をつくらなくてはならないのに。

 場所数、地方巡業が多すぎて力士への過大な負担になっているのである。
 関取ではない。
 力士がへとへとなのである。

 高見盛関が人気である。
 これすらも年配、子供に人気があるにすぎない。
 かれらと同輩の諸君は、妙な気合のいれかたをする相撲取り程度にしかかれをみていない。

 北の湖さんは賢明なかたである。
 危機感もひしひしと感じていらっしゃるであろう。

 協会に拘束しなくても、曙、小錦の協力はえられよう。
 柔軟に、斬新に、変っていかなくて、未来の大相撲はない。

 それにしても大相撲経験者のみで構成される協会というのも妙である。
 ふんどし組ばかりで、背広組がいない。
 興行であるいじょうこの方式で差し支えなかったのだろう。
 いままでは。
 だが、このままだと相撲協会は協会自体で変ることは永遠にできない。
 別の大相撲団体がつくられるまでは。

 閉ざされた社会とはそういう問題を胚胎しているのである。
 いつも。
 つねに。(1.21.04)


相撲協会は法人をやめ、株式会社化するべきではなかろうか。

あわせて、
 大相撲はいつから国技になったの?
 http://www003.upp.so-net.ne.jp/fujun/fujun_sports.archives/fujun_sports.2.16.03.html


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挑戦するひと、挑戦しないひと [ことば]

ひとは、挑戦するひとか挑戦しないひとか、でわかれるのではなかろうか。
そうおもう。
もちろん挑戦しないひとが圧倒的におおい。
このよは挑戦しないひとでなりたっているといっても過言ではあるまい。
挑戦するひとはかならず失敗するだろう。
挑戦しないひとはもちろん失敗などしない。
けれど、失敗があたらしいものをつくっている事実。
これは無視してはならない。

小池百合子女史が挑戦しようとしている。
それはたぶんいままでのおとこたちがなしてきたことのふがいなさからくるものではなかろうか。
かのじょはほほえみながら、
だからおとこはだめなのだ、とはきすてたいきもちを我慢しているようにおもえてしかたがない。

頂点を国政にもってくるから、都知事に専念せよというのだろうか。
都政こそを頂点に、国政をその下位にもってきてもよいのではあるまいか。
なぜか。
それはそうおもうかおもわないか、でしかないからだ。
都政を優先します、というか、国政を優先します、というか。
それだけのちがいである。
それほどに荷はおもい。
それをよしとしてやる。
だまってみまもればいい。
それに、女史はまずは、だめなおとこのしりぬぐいからはじめざるをえないのだから。


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この邦はブスとブ男がそのほとんどである [ことば]

わたくしはブ男である。
言葉はわるい。が、この邦はブスとブ男でなりたっている。
地域性はあるだろう。が、まちがいない。
この邦はブスとブ男がそのほとんどである。
ニッポンの一般的な感性はそのかれら(われらというべきか)がつくっている。
そねみ、ねたみ、などの一般的な感情はかれら(われらというべきか)なしではつくれない。

髪のうすいひとをハゲという。
よその邦ではハゲはブ男の範疇(はんちゅう)にははいらない。
肥満とて状態にもよろうがそれでブ男とはならない。
ニッポンではそのいずれもがブ男の範疇である。
においがしそうものなら、ブスはブ男に、さいてい、の烙印をおす。
においは個性といわれるものであるにもかかわらず。

かわいい、とか、美女、というのもニッポンとほかの邦とでは標準がちがうようである。
ビューティとはかわいいでも美女でもない。
が、ニッポンではかわいいといえば、こう、美女といえば、こう、と、一般的な標準はきまっている。
かわいい、も、美女、もニッポンの概念ゆえ、なのだろう。
で、それをつくりだしているのが、ブ男であり、ブスなのである。


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さんま不漁 [ことば]

さんまがとれないという。
いままでどれだけのさんまをとってきたことか。
中国や台湾の乱獲にうつてなしという。
ひるがえってわが邦はいったいどれほどの乱獲をしてきたのだろうか。
ちっともかえりみない。
さんざ乱獲をしておいて、わがものがおで中国や台湾を揶揄する。
さんまをよろこんでたべるのはニッポンだけではない。
さんまのおいしさにみんながきづいたのである。
かれらはわが邦がたどってきたみちをおなじようにたどってきているにすぎない。
あしき見本はわが邦がつくったのである。
無責任で放縦。
わが邦の漁業である。

さんまがとれないのならがまんすればいいじゃないか。
さんまが高級魚になり、雑魚(ざこ)とよべなくなる。
それだけのこと。
そもそも雑魚などというさかなはない。
そのことにきづくだけでもましではないか。
さんまにたいしての無礼をわびる絶好の機会である。


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全部のレベルで指導者がかわること [ことば]

ダルビッシュ有選手が、日本球界への警鐘(サンケイスポーツ球界ここだけの話)で。
メジャーリーグと肩をならべるためには、
「(アマチュア・プロの)全部のレベルで指導者が変ること。」
徹底さの見識はまるで西郷隆盛。
卓見である。

少年野球サッカーをみていると、てつづきやかたちにこだわってばかり。
ちびっこたちはプレイをちっともたのしんでいないじゃないか、といきどおるばかりである。
それはまさしく、そこにいる少数のおとなたちのせいであるからだ。

で、戦後、もし教育の現場で戦前学校で教鞭をとっていたひとたちが、いっせいにあたらしいひとたちにとってかわっていたら、と想像する。
司法はいうにおよばず、立法、行政、地方と、すべての公務員(高等文官試験合格者はもれなく)を戦後、刷新していたら、ニッポンはどうなっていただろうか、と想像する。

混乱はとうぜんあるだろう。
が、いまよりもすこしはましではなかったか、と想像する。


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