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むかしなつかし帯広 ブログトップ

はじめてのスパゲッティミートソース [むかしなつかし帯広]

帯広郵便局のちかくにパーラーふじもり(ふじまるだったかも)というレストランがあった。
母親がつれていってくれた。
ミートソースのスパゲッティである。
父親も、母親も、そしてわたしもミートソースのスパゲッティを注文した。
木の皿に黒い鉄板。
ジュージュー音をたててそのミートソースはやってきた。
パーラーふじもり(ふじまるだったかも)で、ほかのメニュをたのんだ記憶はない。
レストランにいって、なにかを食べる、というのではない。
ミートソースがたべたいからパーラーふじもり(ふじまるだったかも)へいく。
迷いがないから速い。
ほかにしらないから迷わなかった。
帯広はおいしい。


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ますやパン、伊豆屋のパン [むかしなつかし帯広]

いっとき叔母と同居していた。
帯広にかよっていた。
ときたま、ますやのパンをかってきてくれた。
まっしろなクリームサンド。
厚めの食パンをカレールーに浸しただけの、いまはなきオリジナルのカレーパン。
このふたつがすきであった。
ますやではスパゲッティパンが人気であったという。
が、伊豆屋(伊豆や)のポテトサラダパンとさきの2つははずせない、とっておきの味である。
あれから40年たって、カレーパンのアイディアは爾来おめにかからない。
ただ、クリームサンドの独特はクリームにレモンがまざっていたのだということがわかった。
なぁに、レモンクリームの菓子をたべて、気がついただけの話。
ああ、あのカレーパンというか、カレー食パンがたべてみたい。
辛くはなく、すこし甘かったような記憶がある。


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洋食レストラン ドラゴン [むかしなつかし帯広]

帯広銀座通りの洋食レストランドラゴンに最初におとずれたとき母親は兄貴をつれていた。
ここは2度目、クリームコロッケがおいしいんだよ。まえに兄ちゃんときたんだヨ。
わたしは納得がいかない。
いつでも兄貴が優先。
いつぞや、襟裳岬でとった写真にわたしがいない(まだ生まれていない)ズルいじゃないか、と、だはんこいた(ダダをこねた)こともある。
テーブルには白いクロス。
ほのくらく、いままできたことのない空間であった。
こじんまりとしたコロッケがふたつ、皿にのっていた。
食べてびっくり。
とろりとしたものが口のなかでひろがっていく。
その後、クリームコロッケはなんども食べた。
もっぱら冷凍食品である。
ちかいのだけれど、あきらかにちがう。
たしかにクリームコロッケなのだけれど、ドラゴンの味とはちがう。
そりゃ、そうだろう。
と、おもいながら、そのわけをさがしている。
なぜだろう。
たぶんそれは、ソース。


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帯広はげ天の天丼 [むかしなつかし帯広]

帯広銀座通りといえば、はげ天ははずせない。
天丼にはかき揚げ、えびが2本、きす、いか、であったはず。
味噌汁のわかめがいつまでも、あざやかな緑色をたもっていた。
これにはおどろいた。
札幌にも狸小路の1丁上に支店があって、よくいった。
そこでもたべるのはいつもきまって、天丼。
児童のころ近所の子と帯広にあそびにいって、お昼に帯広ステーションビルのはげ天で天丼をたべた。
後日その子のおかあさんが、若いふたりが外食したことにおどろき、天丼がおいしかったことをのべ、また、あざやか緑色のわかめの味噌汁がたいそう気にいったことをつたえてくれた。
なぁに、そんなこと、へっちゃらさ。


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帯広銀座通りゲルマン亭のハンバーグ [むかしなつかし帯広]

帯広の銀座通りにゲルマン亭というレストランがあった。
母親は父親と兄貴3人で、そこでハンバーグをたべた。
後日わたしにおしえてくれた。
こんどはおまえ(わたしのこと)もつれていってあげる。
結果からいうと、わたしはゲルマン亭にいったことはない。
ただ、ああここか、と店のまえをあるいたことのみである。
どうしてわたしをがいまち(なかまはずれ)にしたかといえば、たぶん、母親が家の自転車を兄貴に帯広までこいでいってもらったときではなかろうか、と記憶する。
わたしは、むろんことわったわけだ。
約30㌔である。
兄貴はそういう男である。


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帯広広小路 メンズショップ トクラ [むかしなつかし帯広]

帯広の広小路にメンズショップ トクラがあって、あししげくかよった記憶がある。
VANジャケットは終章にあり、Scene というアウトドアのブランドを展開していた。
J.Pressというブランドがすきで、なかなか買えなかった。
中学生のころ実力試験というのがあって、5教科500点満点で、300点をこしたことがあった。
そのときは父親と約束をしていた。
300点をこえれば、トレーナーを買ってもらう、というものであった。
あれはうすいベージュのスウェットシャツである。
VANかVAN Brosであったとおもう。
うれしくて、うれしくて、なんど袖をとおし、なんど洗ったことだろう。
もしかして、実家でねむっているかもしれない。
遠藤君からゆずってもらったVANのキャメル色ダッフルコートもあるはずだ。
いつかさがして、また袖をとおしてみるとしよう。


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