So-net無料ブログ作成
検索選択
わがまち士幌 ブログトップ

らーめん、といえばヌプカ食堂 [わがまち士幌]

こどものころ、家では出前をとるという習慣がなかった。
たまたま、うちの婆さまが、なにかの拍子で、らーめんを出前してもらうことになった。
町では食堂は2、3軒しかなく、家からいちばんちかい、その名も「ヌプカ食堂」に電話した。
注文はらーめんを5杯か6杯ではなかったか。
うすいきみどりの澄んだスープ、チャーシュー、それとネギ、のの字なると。
しなちく。
生姜がかすかにのこる、あの端正な味は、醤油らーめんというよりも塩らーめんのそれではなかったか。
40年もまえのことである。
わすれられない。


nice!(0) 
共通テーマ:グルメ・料理

もーれつア太郎 [わがまち士幌]

テレビを地上波なんていうのはここ数年である。
むしろUHFをU局とよんでいた。
U局をみるにはコンバーターが必要であった。
もちろんアンテナもかけなければならなかった。
十勝エリアはNHK総合は4チャンネル、HBCは6チャンネル、STVは10チャンネル、12チャンネルはNHK教育であった。
HTB、UHBがU局であった。
父親がU局に魅力を感じないので装着は無理。
みられない。
それはしょうがない。
もーれつア太郎で、ニャロメ、ケムンパスが登場するにあたって、状況はいっぺんする。
年賀状に、
ことしもよろしくでやんす、とか、
らいねんも、なかよくしてくれニャロメ、
ことしもよろしくたのむぞニャロメ。
連打であった。
それがみられないのがつらかった。
余談ではあるが、わたしが太っていたころ、パンツいっちょうでいると、ココロのボスのようだといわれ、心外であった。


nice!(0) 
共通テーマ:アニメ

よつ葉のテトラパック3.4牛乳 [わがまち士幌]

小学校の給食には四角の食パンがでた。
いわゆるミミの部位の味がうえ、左右は香ばしいのだけれど、底部はへんな味に感じ、苦手であった。
そこだけ残した。
残すことは歓迎されないので、かくしたりして、しのいでいた。
牛乳はいつごろからか紙でできたテトラパックが配膳された。
よつ葉のテトラパック3.4牛乳である。
あるとき、おかずにスパゲッティサラダだとおもう、食器にかおをちかづけて、むしゃむしゃたべている瀬戸君のあたまをしたに押した。
すると、瀬戸君はかおをあげ、
なにするんだよ~、
と怒る。
が、マヨネーズだらけの瀬戸君のかおがまるでトーテムポールのかおのようにみえて、わたしはふきだしてしまった。
瀬戸君には水銀をみせてもらった。
銀色で、たしかに水のようであった。
朝礼ではまえから2番目の瀬戸君。
ちょっとした小細工が得意であった。


nice!(0) 
共通テーマ:グルメ・料理

ニッスイの赤というよりもピンクっぽいウインナーソーセージ [わがまち士幌]

児童であったころ、弁当といえば、おにぎり、たまごやき、京番茶の湯さまし、それとウインナーソーセージを塩こしょうで炒めたものであった。
それぞれにななめのきりこみが3、4本あった。
行事は年に数回しかない。
だからか、あきたことがない。
おにぎりはかつおぶしの醤油づけが2こ、うめぼし2こ。
たまごやきはあまくこんがり焼きいろがついていた。
京番茶の湯さましはいまでも、たまにのむ。
ニッスイのウインナーソーセージ。
白い包装で8本入り。
包装の窓のふちは金色ではなかったか。
ウインナーソーセージは赤というよりもピンクっぽかった。
真空パックのようであったとおもう。
いまでもかまびすしいが、製造をよしたのは問題があったからなのか。
そもソーセージは添加物がおおいときくが。
わけはしらない。
突然なくなったので、残念であった。
ひとくちで味はよみがえるだろう。
ひとは味、香りを記憶する。


nice!(0) 
共通テーマ:グルメ・料理
わがまち士幌 ブログトップ