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アカデミックの不振 [言葉と学問]

 毎年、数万の経済学士を生み、数百のエコノミストを抱えているにもかかわらず、このていたらくはなぜだ。

 そもそも学ぶ学問がなっていないからだとは気がつかないのだろうか。
 これでは有用ではない。
 むしろ無駄である、と。

 アカデミックの不振は、学問の教科書化に危機感をいだけず、ただそれへの注釈に終始し、活況をおびる努力、つまり検証をおこたってきたからにほかならない。

 時代が閉塞しているのではなく、時代が閉塞しているかどうか検証もしないまま、無責任に時代の閉塞を反射的に口にする。
 そこに執着するあまり、近視眼でしか物事を見られない。
 そのような人のなんと多いことか。
 悪い癖、というには、あまりにお粗末。

 時代は閉塞などしない。
 時代は人が勝手につくった概念である。
 そこに考えが及ばないから、経済活動の主体を人だと勘違いする。
 われわれの営みは地球に拠らざるをえないのに、肝心な地球時間すら見えてこない。

 時代とは目安でしかない。
 人は概念で遊んでいるにすぎぬ。
 遊びは楽しいばかりを意味しない。
 こういう悪い癖、お粗末さをだしてさえ、ときに人は遊ぶのである。

 時代は閉塞した、とする人間が一定量を超えているにすぎぬ。
 ましてメディアでの無反省な吹聴をくりかえし耳にすれば、暗示にかかる人の増えるのはやむをえない。

 メディアにはアナウンスしない勇気もある。

 それがアナウンスする使命とともに同価値なるメディアの存立基盤でもあるのにもかかわらず、昨今の単なるたれながしに危機感はまったくない。

 メディアはメディア自体がその基盤を崩し、その果てに、いつも自己瓦解してきたではないか。

 いつも。
 なにを勘違いするのか。



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ベースボール、そして、野球 アジアシリーズ [言葉とスポーツ]


 Baseball を野球と表したのは正岡子規。

 わが国で行われているのは、たしかに Baseball ではなく、野球である。
 全体を支えるのが球界であり、そこで普及伝播するのが野球道。
 もちろん似非もある。
 それは求道であり、また精神であり、雰囲気である。
 空気ともいう。
 野球はあくまでも野球である。
 この国で野球は野球として完結している。
 それはBaseball とは似ているが異質なものである。
 たたかう相手が Baseball だと、こちらも Baseball で挑めるのだが、野球が負けた場合(めんつ。)のことを考慮してベストメンバーは組めない。
 というよりも責任の明示をしたくないがために、組まない。
 そののち、野球圏内に再突入するや、またもとの野球に戻る。
 これだからいつになっても Baseball には勝てない。
 でも、ひょっとして、野球を底上げ(むしろ底辺の拡大か。)できれば状況はちがったものになる、かもしれない。

 野茂英雄選手は Baseball がしたかった。
 ただそれだけだ。
 他意はない。
 もちろんいまも同じである。
 先駆者の動機というものはいたって単純であるものだ。
 それゆえに強固でもありうる。

 野球は野球なりにおもしろい。
 Baseball は大味でおもしろくなく退屈きわまりないという。
 ひとそれぞれか。
 本場ではすでにワールドシリーズをたたかっていて、その勝者が世界一といっている。
 いまひとつのチャンスはアジアシリーズと名うってみてはどうだろうか。
 アジア圏であれば出場制限枠を設けない。
 そこでするのが Baseball ではなくて野球なら、Baseball と競える可能性が見えてもこよう。

 パシフィックリーグなんていうのはよして、モンスーンリーグ、タイフーンリーグ、レインフォレストリーグなど名称にはことたりる。



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桜木の見解。散る桜、のこる桜も、散る桜。 [ことば]

散る桜、のこる桜も、散る桜

諸君は散るわれら桜木の花をみて、その現象に特別な印象をもってくれているようである。
散るというのはきみたちが勝手につけたまったくおおげさな印象。
散るということは、けじめをつけているわけではなく、いさぎよさでもない。
死をいみしない。
つぎへのいち状況にすぎない。

散る桜というが、われわれ桜木はいきている。
散るとはいきているあかしでしかないのに。
花はかれる。
葉もかれる。
が、それは土をそだてるため。
己をまもるためである。
諸君とて、土よりいで、土に還るではないか。
桜木はやすやすとかれるわけにはいかない。
誤解してもらってはこまる。

化粧っけはないけれど、
寒風にさらされているときのわれら桜木のすがた、その堂々こそをうたっておくれ。
散る桜、のこる桜も、散る桜
良寛さんのおっしゃるところのことは、そのとおりだとはおもう。
断片をうまくとらえてくれてはいる。



タグ: 良寛 散る桜
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花粉症は公害 [花粉症]

東京にきていらい、春になると、きまって風邪のような症状に悩まされた。
微熱、
鼻の粘膜は血にそまり、
目はかゆく、
鼻づまりはいかんともしがたかった。
医者は、風邪くすりで応対する。
が、いっこうにきかない。

それもそのはず。
花粉症だとわかったのは何年まえのことだろう。
アレルギー症状だという。

で、さいきんは花粉症の症状を緩和する商品がいっきにふえた。
それはそれでいいのだが、根本である花粉をどうにかせねばならぬこと、それがすっぽりぬけおちている。

花粉症は公害である。
もとから断たなければならない性質のものである。
この邦の林業政策の失態にほかならない。

対応策としてでているのは、
花粉のすくない杉を植える、とかいうが、微々たるものでしかない。

公害である。
杉じたい伐採しなければならないことは自明である。
にもかかわらず、伐採とその産業効果は語られない。
伐採にともなうあたらしい森の創生すら俎上にあがらない。

花粉症は杉がなくならないかぎりなくならない。
もしくは症状をもつひとがなくなるか。

いいや、ほかに方法がある。
ならば、ぜひ、ぜひ、おしえを乞いたいものである。



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めきき、目利き [言葉とスポーツ]

この邦には、めきき(目利き)がたりないのではあるまいか。
圧倒的に。

ちびっこたちに才能があるか、ないか。
わたくしたちは簡単にいいきってしまいやしないだろうか。
むしろ、問うべきは、判断をくだすがわであるわたくしたちおとなにこそ、ひとを視る能力があるか、ないか、ではなかろうか。

目利きは、見るところがちがう。
なぜならば、どうでもよいところは意に介さないからだ。
たいせつなことはなにか。
競技の核心を、かれらは見抜く。
競技の核心とは。
その競技が、なぜおもしろいのか、ということだ。

めきき(目利き)こそ才能であり、めきき(目利き)こそたいせつに、ただしく評価するべきものなのである。






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